自治医科大学看護学部 教授 村上礼子
日本における未来の医療の縮図と言われる「へき地」では、保健医療、介護・福祉の提供体制をより現実的に見直していかなければいけない時代である。これまでも「へき地」では少子高齢化、多死社会、そして医療人材の不足等の問題は生じており、各専門職が各自の役割を遂行するだけではなく、住民も含めそれぞれが補完し合う自助・互助を進めてきた。それでも、2040年、2060年問題を目前に、ますます専門職間のタスク・シフト/シェアの必要性は高い。看護師は、医師偏在、不在時にも看護だけでなく、治療も対応できる力が、「へき地」ではより求められている。これらの力を高めることを現実可能とするのが、特定行為に係る看護師の研修制度であろう。
一方、へき地医療において、医師のタスク・シフトとして看護師が医行為である特定行為を実施できることが、看護師に望む役割拡大のビジョンだろうか。大半のへき地医療に従事している医師や看護職は「そうではない」と答えるだろう。実際、へき地診療所の常勤医師やへき地拠点病院の看護管理者への看護師の役割拡大に対する期待に関する調査で、【医師の負担軽減や診療支援に対する期待】は「期待している/大変期待している」の回答が医師8割程度、看護管理者6割程度で、それよりも、【訪問看護や在宅看護活動への期待】が両者概ね9割と高かった1)2)ことからも、看護師の役割拡大として特定行為という医行為ができることだけが期待の中身ではないと考える。
それでは、特定行為看護師に期待されること、研修受講をすることで、へき地医療・看護にどう貢献できるのだろうか。看護師特定行為研修では、医学的知識・技術をこれまでの経験知だけで実践していくのではなく、研修を通して学び直しを強化し、病態の変化や疾患、検査・治療の影響を含む疾患の背景等を包括的にアセスメント・判断し、質の高い医療・看護を効率的に提供できるよう、「臨床病態生理学」、「臨床推論」、「フィジカルアセスメント」、「臨床薬理学」、「疾病・臨床病態概論」、「医療安全学」、「特定行為実践」など250時間の共通科目(特定行為区分に共通して必要とされる能力を身につけるための科目)の受講後に、特定行為区分別科目(各特定行為に必要とされる能力を身につけるための科目)を受講する。研修期間は概ね半年~2年以内であり、厚生労働省の指定を受けた指定研修機関にて受講する。指定研修機関は、全国47都道府県に最低1施設はあるが、その研修方法は指定研修機関ごとに様々である。
ちなみに、自治医科大学看護師特定行為研修センターでは、就労しながら、かつ、全国各地のどこからでも研修受講できるよう、講義の9割はEラーニング、試験は大学、実習場所は自施設または自治医科大学附属病院等の選択ができるようになっている(図1)。
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また、特定行為区分や領域パッケージは自由に選択・追加ができ、へき地診療所看護師や全国の訪問看護師の修了生も多数いる。本題に戻ると、研修を修了すると、特定行為を医師不在でもタイムリーに実施できることは当然で、共通科目での学びを活かし、治療の一端を担う者として求められる姿勢・態度、医療安全の意識、ならびにコミュニケーション力や説明・交渉力などが高まり,チーム医療のキーパーソンとして意識的に活動できるようになる。「これらの力が付くことで、「誇り」を持って働き続けられるようになった」と修了生からは聞く。自らの業に「誇り」を持てる看護師がいることは、へき地の看護職にとって大きな力となり、地域医療を支えていく上で大きなメリットになると考える。
これからのへき地医療はもとより、日本の医療提供体制の鍵は、特定行為研修を修了した看護師にかかっていると言っても過言ではないだろう。看護師として、へき地で暮らす方々を生活者として支え続けるケア力を活かしつつ、疾病・病いの治療をする医師と協働できるキュア力をもつ看護師として成長できる機会をぜひ検討してほしい。

参考文献
1)村上礼子、春山早苗、八木街子ら:へき地医療拠点病院に対する看護師特定行為研修の受講促進に向けた新たな提案ー看護管理者の期待と特定行為研修の受講状況からー、日本ルーラルナーシング学会誌、第16巻、11-17、2021.
2)春山早苗、村上礼子、江角伸吾ら:へき地診療所の常勤医師に対する特定行為についての調査、厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)へき地医療の向上のための医師の働き方およびチーム医療の推進に係る研究 令和元年度 総括・分担研究報告書、18-24,2020.